パアプウロード
第三章[KILL THE KING]

第1話「キルザキング」

彼女はほろ酔い加減で帰路についていた。
時計は夜の11時を回っている。
途中少し立ち止まって、
「寂しくなるわねぇ」
とひとり呟き、夜空を見つめた。
美容室「パアプウ」店長、秋元にとって今日は少し寂しい日であった。
今日は店のスタッフの一人である、若大将、原ちゃんのお別れ会があったのだった。
彼女は親の仕事の都合でアラスカへ行かなければならなくなった。
「若大将!若大将!」
スタッフ全員で胴揚げをして別れたのだった。
「寂しくなるわねぇ」
とまた呟いた。
そうしてるうちに彼女は自分のマンションの前まで来ている事に気付いた。
そして郵便受けを開けた時、彼女の酔いは一瞬にしてさめた。
そこには一枚の紙切れが入っていて、大きくこう書かれてあった。
「KILL THE KING」
美容室「パアプウ」店長、秋元。
そしてもう一つの職業は殺し屋。
それも極めて優れた。

十歳の時、両親を亡くした秋元は、両親の友達で子供のいなかった林夫妻に育てられた。
そこで偶然見てしまったのだ。本当の父親のように慕っていた、ジョー林が人を殺す場面を。
相手は当時、横須賀方面を仕切っていたヤクザの幹部だった。
ジョーは手に持った鎌ひと振りで相手の首を飛ばしていた。
そしてショックで泣いている秋元の所へ歩み寄り、こう言った。
「お前にだけは見せたくなかったが仕方ない。これも運命だろう。ここでおれに殺されるか。それとも父親と同じ道を進むか、2つに1つだ」
その日から秋元はジョー林の元で殺しの修行を受けた。
もちろん奥さんには泣かれ、大反対されたが、秋元の中の血はその涙さえ受け入れなくなっていた。
ついに彼女は生きる目標を見つけたのだ。
それは殺された両親の復讐だった。

彼女はめきめき腕を上げ、15歳には仲間からも恐れられる存在になっていた。
そしてつけられた名前が「KILLTHE KING(王様殺し)」
この名前は過去に一人しかつけた事がなかった。
それが彼女の父、ロニー秋元だったのは運命か血筋か。
16歳の時に以前から憧れていた美容師として働き出した。
刃物を殺しの道具としていた彼女はそこでも非凡な才能を見せた。

しかし18歳から4年間彼女は全く殺しの仕事をしなかった。
それは初めての恋であり、結婚、出産。
そして別れだった。
組織は執拗に彼女の復帰を催促し、それを断ると口封じの刺客を送ってきた。
彼女の相手になる殺し屋などは存在しなかったが、身の回りに危険が迫る事は避けたかった。
まもなく夫とは離婚した。それ以外に彼を助ける方法はなかった。
短くも幸せなひとときだった。
そして23の春に生まれ育った横須賀を後にした。愛する子供、音彦を連れて。
表向きは組織からの逃走。それと共にまだ愛していた夫への思いを断ち切りたい気持ちもあった。
しかし長くは続かなかった。
彼女たちの元へ組織から手紙が来た。育ての親、ジョー林の指と一緒に。
音彦が8歳の時だった。
横須賀へ戻った秋元にジョー林は「心配するな」
とだけ言った。
しかしやつれ果てたジョーの姿、そして奥さんの姿を見て決心する。
「いったん闇の世界に入った私に太陽のあたる世界は無理なんだわ。しかし音彦は…」
彼女は29歳の時6年ぶりに夫だった大黒利一にあった。
昔よくデートしてた横須賀の「シェル」というレゲエのバーで。
大黒は口ひげを貯えたせいか、ずいぶん貫禄が付いて見えた。
米軍基地で働く彼は無口で何を考えてるのか解らないところがあったが、何か心が安らぐところもあった。
今は再婚して幸せに暮らしているらしい。
音彦の事を頼むと彼は喜んだ。
「僕らには子供がいないんだ、まさか君が音彦を手放してくれるとは」
そして音彦を大黒に頼み、また殺しの世界に舞い戻った。
あれから5年、秋元は34になっていた。
そしてその間、音彦には一度もあっていない。もう14歳になっているはずだが。

若大将原ちゃんの送別会の帰り、3ヶ月振りに指令が来た。
「KILL THE KING」その下に今回のターゲットが書いてある。
今回はある宗教団体の教祖といわれてる男である。
この団体に苦しめられた人は多い。彼女もマスコミなどを通して腹立たしく思ったものだ。
「今度の依頼は気持ちよくやれるなァ」
この仕事は感情に左右されやすいものだった。
それから3日後の朝、新聞、TVは大騒ぎだった。
世間を騒がせている宗教団体の教祖が死体となって発見されたからだ。
まるで全ての人間への見せしめのように、その死体は新宿のアルタの前に転がっていた。

朝9時に秋元が美容室「パアプウ」に入ると、やはりここではそういう話題とは無縁の世界だった。
みんな昨日のTVの話とかをしていた。中には朝まで飲み歩いていてほとんど寝てる娘もいる。
「おはようございます、大丈夫ですか?」
みんな口々に言ってくれる。
実は昨日は風邪で休んでいる事になっている。
「大丈夫よ、ありがとう。さぁ朝礼をしましょう」
パンパン、と手を叩きながらみんなを集めた。
「風邪が流行っているようなのでみんな気をつけましょうね、特に私と松井さんには近付かないように」
スタッフのひとり松井も昨日は風邪で休んでいた。
「そうしま〜す」
「ひど〜い、冗談よ。ねぇ松井さん」
秋元が松井の方に微笑みかけると松井は黙って頷いた。
(本当に具合が悪そうね)
少し心配になった。
朝礼が終わって控室に戻り、昨日の仕事のチェックをしていると、松井が入ってきた。
「からだ、大丈夫?なんなら休んでもいいわよ」
秋元がそう話し掛けると松井はちょっと時間を置き、ゆっくりと口を開いた。
「体は大丈夫です。それより店長、昨日はお疲れさまでした」
「えっ、昨日はずっと部屋で寝ていたから疲れてなんかいないけど」
秋元はちょっと怪訝な顔をして言った。
「そんな事無いでしょう。私も昨日は忙しく過ごさせていただきましたわ。店長のおかげで」
「いえ、キングのおかげと言うべきかしら」
秋元が胸元でハサミを握った瞬間、張り詰めた空気が部屋の中を支配した。
一瞬即発の空気が。
「松井さん、あなたって一体?」
つづく

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