パアプウロード
第三章[KILL THE KING]

第5話「ラブバイツ」

大黒は勝ち誇っていた。
「オイ、音彦をどこへやった?大丈夫、殺しはしない」
「俺のあとを継がせるんだ。この闇の世界を継ぐんだ」
「そんな事はさせないわよ!」
秋元の目はまだ死んでいなかった。
「そんな姿でどうするんだよ?いくら何でも今のお前を殺すのは簡単だよ」
そして寄り添うように倒れている松井の方をチラッと見て言った。
「しかし不思議な巡り合わせだなあ、お前らも。そこの女スパイのオヤジを見て俺は驚いたよ」
「しぶとい奴だよ、お前らのオヤジも」
そして銃口を松井に向けた。
「さぁ、オヤジと同じところへ行きな。ウンコビビッチちゃん」

ピュ!

「ぎゃー!」
一瞬の事だった。
それまで息絶え絶えに床に転がっていた松井が寄り添う振りをして秋元から受け取った殺人櫛で大黒の両目を切り裂いたのだ。
「私の名前はウンコビビッチじゃなく、クソビビッチよ!」
松井が倒れ、もがいている大黒を蔑みながら言い放った。
過去にウンコビビッチと言われて三人の命を奪った松井だった。
「さあ店長とどめをさして!」

松井に担がれた秋元は何かを含むと、何と大黒の首筋にキスをした。
「て、店長!何を!」
松井は明らかに驚いていた。
秋元は眼を細め口元に笑みさえ浮かべ松井に言った。
「これは私の命と引き換えにする技。ラブバイツ」
「首筋の毒が死ぬ事以上の苦しみを与えてくれる」
「そしてその技を使った私も毒と友に死んでいく…」

「店長、嫌です!」「なんで!?死ぬ事はないでしょう」
松井が泣叫びながら秋元にすがった。
秋元はジッと松井の眼を見、流れ出る涙をそっと撫でながら微笑むように言った。
その余りに優しい声に松井は泣く事を止めた。
まるで遠い昔、何か懐かしい香りさえする声に。
「解って松井さん。これでも私はこんな男を愛してしまった女なの…」
「私の毒で彼を始末するしかないの、私には、私にはそれしか」
秋元の頬を伝わるものがあった。
それは両親が無くなった時にも流した事がないものだった。
そしてそのやるせない気持ちは松井にも良くわかった。
信じた人に裏切られる事は、それまでの自分の人生を否定するものだった。
「さあ松井さん、早く行って!私はこの組織ごと爆破させるわ」
「全てこれで終わり、全て、さあ早く行って!音彦の事は頼んだわよ」
「店長…」
松井は言葉にならなかった。
「松井さんお願いがあるの。これを持っていってくれないかしら。たった一枚しかないお父さんの写真なの」
そう言うと首から下げていたネックレスを松井に渡した。
「お願い…」
松井はネックレスを受け取ると涙を流しながら後ずさりし始めた。
そしてドアのところまで来た。
「さよなら店長、さよなら」
そう言うと駆け出した。
走り去る松井の耳に聞こえるのは大黒の苦しみの雄叫びだけだった。
そして二人になった部屋で秋元はバックから時限爆弾を取り出し作動させた。
そして大黒が死んだ事を確認すると、またそっと首筋にキスをした。

彼女の愛は命と友に消えたのである。

それから十分後松井は横須賀の米軍基地が良く見える丘の上に居た。
そして秋元から受け取ったペンダントを開いてみた。
「えっ、お父さん?」
そこに写っている男の人はまぎれもなく松井の父、ロイクソビビッチだった。

秋元の父親は24年前大黒に打たれた。
しかし瀕死の状態で海に浮かんでいた彼はソ連の輸送船に助けられた。
そしてウクライナの美容師サアシャクソビビッチと結婚し彼女の籍には入った。
彼がK.G.Bのスパイとして日本にたびたび来てた事も秋元を心配しての事だろう。
しかし横須賀で撃たれてから15年後再び大黒、いや米軍によって命を奪われた。

ピカッ!

その時、横須賀基地の近くで爆発があった。
松井にはそれがレゲェバー「シェル」である事はわかっていた。
そしてその中に秋元がいる事も…。
「おねえさ〜ん」
松井はただ夜空に向かって叫んでいた。くり返し、くり返し。

まだ日の出には早すぎる灯りは米軍の手によって消し去られていた。

美容室「パアプウ」時には笑顔さえ悲しく見える…


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