パアプウロード
第三章[KILL THE KING]

第2話「私の名前は…ナターシャ」

「松井さん、あなたって?」
秋元の手にはすでに彼女の武器であるブーメラン式のクシが握られていた。
松井は見逃さなかった。
少し動揺しているかに見えるが、瞬時に攻撃体制をとった秋元を。
そして一息ついて言った。
「やはり店長、あなたは私の思ったとおりの人だわ」

美容室「パアプウ」スタッフ、松井。
彼女は一年程前に入店してきたのだが、その愛知県豊橋出身と言う履歴書は偽りの物だった。
本名ナターシャ、クソビビッチ。
今で言うロシアのウクライナ共和国で生まれ育った。
彼女の父親は日本人である。
学生運動が栄えていた1955〜60頃にかけて全学連の通信部のリーダーだった。
彼は国家の為に生きようとしていた。
しかし彼は失望した。
何もかわらない、政治、国民。
そして彼自信、闇の世界に身を置く事になる。
だが純真に国の為に生きてきた彼は闇の世界のする事が理解出来なくなっていった。
そんな行き場を失った彼に声をかけてきたのが旧ソ連軍だった。
彼がソ連に渡ったのが1971年の事である。
そしてウクライナで美容師をしていた女性と一緒になったのはそれから一年後の事である。
彼女は彼から自分がソ連軍のスパイである事を打ち明けられたが、その全てを受け入れる事に何のためらいもなかった。

「ねえ、パパはどこ?」
松井はいつも母に聞いたものだった。
松井が物心ついた時から父親は家にほとんどいなかった。
KGBのスパイとして世界を飛び回っていたのだ。
そして彼女が14歳の時もらった手紙が父親からの最後の手紙だった。

彼女の父親はアメリカCIAの特殊部隊に殺されたのだった。
それから5年後、彼女は父親の後を継ぎスパイになった。
父親の復讐の為に。
しかし世界は急変した。
ベルリンの壁の崩壊に始まり、共産主義の壊滅、ソ連からロシアへの変貌。
彼女の復讐は時の流れの中で消えてしまったかのように見えた。
しかし歴史はいつでも影の存在を必要としている。
彼女はその腕を見込まれキューバの情報組織にスパイとして雇われたのだった。
そして仕事先が彼女の父親の祖国、日本だった。
キューバから入手したアメリカCIAの極秘情報から、日本にCIAの殺人部隊の存在を知った。
そしてその部隊のリーダー、リッチーブラックこそが彼女の父親を殺した人物だという事を知った。
しかしそのファイルの中で松井がもっとも気になった点はそこの組織「レインボー」で最も優秀な殺し屋といわれていたのが女性で、しかも最年少の秋元という事であった。
やがて松井は秋元に対して親近感を覚えるようになった。
それは二人の境遇が似ていたからだ。
日本に行った松井は美容室「パアプウ」に入店した。
そして四六時中秋元の行動を見張って、彼女がどういう人間かを知った。
愛する子供と離ればなれになっていて、組織に恨みを抱いている事も。

そして時は来た。
「店長詳しい事は後で話します。私と仕事をしてほしいのです」
「報酬はあなたの自由そして子供との生活」
秋元は黙って聞いていた。
松井とは一年程の付き合いだが人間性は良く知っているつもりだった。
「話を聞きましょう」

雨の横須賀、AM2:30
秋元と松井はレゲェバー「シェル」の地下室にいた。

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