パアプウロード その2 「願い…(朝)」 ピカッ! その夜、東京地方は春の終わりを告げるかのように、雷雨の洗礼を受けていた。 美容室「パアプウ」主任、近藤は不思議な夢を見た。 夢の中では老婆が、杖を片手に大きな木の切り株に座っていた。 辺りを見渡すとまるで霧の中に居るようで、老婆と自分の姿以外はもやの中だった。 老婆はさっきから近藤の方を見て微笑んでいる。 空は乳白色でまるで天国を思わせるようなところだった。 近藤は聞いた。 「わ、わたし、死んじゃったの?」 近藤の言葉は老婆にとって意外だったらしく、前屈みの姿勢を後ろに大きくそっくり返って笑った。 「ホッ、ホッ、ホッ、これはあなたの夢ですよ」 老婆は顔に似あわない、澄んだよく通る声で言った。 「西から来たモンゴル人の傘を手に取り、七つの魂が一つになる時、願いは叶うでしょう、星への願いが…」 「夢にしてはリアルねぇ…」 美容室「パアプウ」主任、近藤はいつものように三鷹駅近くのパン屋で買ったサンドイッチを頬張りながら店に向かって歩いていた。 「おはよう!」 後ろから同僚の松井が肩を叩いて通りすぎた。 「あれ?今日は出てきたの?甥っ子さんは?」 「やっと新しい学校に入れたし、これで仕事にも復帰できるというわけよ」 「松井さんが居ない間大変だったんだからね、この前なんか私一人よ、もう…」 「ごめん、ごめん、でも他の人は?」 「んん、宮寺さんはお姉さんのいるニューヨークでしょ…」 「あっ、まだ行ってるんだ。おみやげ何かなぁ…」 「んん、柳田さんは八王子にカブト虫を取りに行くって言うし…」 「はっ、はっ、はっ、変な人」 「んん、堀内さんは長野にパンの作り方を習いに行くし…」 「え、じゃあ今日はパンあるかなぁ?」 「ないよ、昨日食べたよ」 松井は思った。 (昨日それだけパン食って、また朝からパンかよ) 「んん、それより店長よ、どこへ行ったのかしら?」 近藤が松井の顔を見て聞いた。 その疑問に松井は答えることは出来なかった。 (店長はもうこの世にいないの…) 松井が話を変える。 「太田さんは、まだ具合が悪いのかなぁ」 「あ、知ってた?太田さんミュージシャンなのよ」 近藤が数日前の感動を興奮気味に伝えた。 「えっ、しらな〜い!」 「チャピィって言うのよ、曼荼羅に出てたのよ、びっくりしちゃった」 「すご〜い、すご〜い」 「でも、また持病が出て…」 「そうか…、どうにかなんないかなぁ」 近藤は今朝見た奇妙な夢を思い出した。 「そう言えば、変な夢見たなぁ…」 「えっ、どんな?」 「何か妙にリアルなのよ。おばあさんが出てきてね」 「かわいい声のおばあさん?」 「そうそう、良い声してたわ」 「天国みたいなところ?」 「そうそう、えっ!」 「私も同じ夢見たわ、願い叶うって!」 二人は顔を見合わせた。 そしていつの間にか店の前まで来てることに気づいた。 |