ピアノレッスン 3
「盲目のピアニスト」

柳田の結婚式は教会で式をあげ披露宴はパーティ形式にして、新郎の知り合いが経営しているダイニング&バー「ジューダス」で行う事にしていた。
この店は無気味ショップ「ガイコツ」の上にあった。(「ガイコツ」は地下で「ジューダス」は一階で営業していた。
無気味ショツプ「ガイコツ」店長、紅エミは披露パーティに向かう道で宮寺と話をしていた。店は臨時休業にしていた。
「今何時?」
「えぇ〜と。3時5分です」
「二次会何時からだっけ?」
「たしか、3時45分からだと思います」
「3時45分か…。あっ、そういえばパアプウのみんなは?」
「先に行って準備してるって」
「ふ〜ん、じゃあ一緒に行こうか?」
「ハイ!」

パーティの会場である「ジューダス」は思ったよりシックで落ち着いた雰囲気があるところだった。
店の中央は一段高くなっていて、クリスタルのピアノが置いてある。
エミと宮寺が一歩中に入ると、
「あれ〜、お揃いでェ」
と美容室「パアプウ」の主任、近藤が片手にサンドイッチを持ちながらいった。
「あ、あれ、何してんの?」
エミは少し慌てて言った。
「受付よ!見ればわかるでしょう、フン!」
と隣いる松井が言い返す。
松井はエミのファンなので宮寺と一緒にいるところを見て焼きもちを妬いているらしい。
「御苦労さまです。他のみんなは?」
宮寺が落ち着いて言った。
「中で雑用してるわよ、宮ちゃんも手伝ってね、フン!」
松井が強い口調で言う。近藤の眼も光っている。
実は3日前「パアプウ」の中で大じゃんけん大会が行われた。
誰が教会へいく権利を獲得するか?勝ち残るのは一人である。後の7人はパーティの準備をしなければならなかった。
「ねぇねぇ、パアプウ代表として式に出たのだから、もっとゆっくりさせてやれば?」
「はいこれビンゴのカードね、フン!」
松井がエミの言葉に答えようともしないでカードを渡す。
エミは彼女の鼻息で5メートルは後ずさりした気になった。
「じゃあエミさん、また後で」
宮寺が逃げるようにしてその場から消えた。
店の中を見ると、もうすでに15人くらい人が入っていた。
受付の上にある時計は3時20分をさしている。後25分でパーティの始まりだ。
横を見ると大きな丸い瓶に見事な花が飾ってあった。
「それ私がさしたのよ。ふん!」
松井が聞いてもいないのに鼻息荒く言い放つ。
その時店長の秋元が汗だくになって通りかかった。
「あ〜、忙しい、忙しい」
秋元が額の汗を拭おうともせず、動き回っている。
「忙しそうですね、手伝いましょうか?」
「あっ、じゃあ、その花瓶をピアノのところまで持って行って。あ〜忙しい、忙しい」
(社交辞令で言ったのに、やはり通じなかったか)
エミは着ていた黒いジャケットを脱いで受付に置いた。
「すいませ〜ん」
着飾った人たちの中を、大きな花瓶を持って通り抜ける。
170cm以上ある彼女が大きな花を持って歩く姿は様になっていた。
そして店の中央にあるクリスタルのピアノの上に花を置く事が出来た。
(へェ、なかなか立派な庭だなぁ)
暗闇の中に美を求めるエミは、同じビルにありながら、地上にあるこの店に入るのは初めてだった。
部屋の中からは自由に庭に出入りできるようになっていた。
エミは芝生の中に足を運んだ。するとすでに女の人が一人、椅子に腰掛けている姿が見えた。
女性が好きなエミは歩きより、背中越しに声をかけた。
「新郎、新婦どちらのお知り合いですか?」
「はい…」
とその女の人が振り返った時、エミは震えてしまった。
(なんて美しいひとなんだ…)
年の頃は30歳前後だろうか?しかしその姿は可憐で近寄りがたい美しさに満ちている。
エミは舞い上がってしまった。
「あ、あのどちらのお知り合いで?」
とさっきまでのどちらかというと高飛車な姿は影を潜め、しどろもどろになって聞いた。
「実はこの店のオーナーは私の父なんです。新郎の方は父の友人の息子さんという関係で、その事からピアノの演奏を頼まれたのです」
「あーそうですかピアニストでしたか…。でもあなたの演奏を聞けるなんて光栄です」
「ふふ、ありがとう」
「私の友達がピアノの上にきれいな花を飾っているのですが、それさえ霞んでしまいます」
「まぁ…でも私、お花は好きだわ。匂いをかいでいるだけでも…」
そして彼女はふっと下を向いた。
「匂いを?」
「私、眼が見えないんです」
(あっ、そういえばその美しく見開いた両目は先ほどからまばたきひとつしていない)
「それでは、私そろそろ控え室に戻らないと」
彼女が椅子のひじ掛けに右手をかけながら言った。
「あっそれじゃ私御一緒します」
「フフ、ありがとう。お優しいのね」
「い、いえ、そんなでも…」
エミは緊張に震える手で彼女の手を取り控え室に連れていった。

「お願いしてイイかしら?」
ソファに座り向き合ってコーヒーを飲んでいる時、その盲目の美人ピアニストは言った。
「はい、な、なんなりと」
エミは背中を伸ばし裏返った声で答えた。
「これをピアノの椅子に置いてほしいの」
彼女は差し出した。
エミは渡された物をまじまじと見た。
「これですか?」
「フフ、可愛いでしょう?小さい頃から使っているせいかこれがないと弾けないの。おかしいでしょう?」
とその美しい顔をほんのりと赤くした。
エミはそれを受け取った瞬間、何かとても大きな運命が待っている事を感じなければならなかった。

(空飛ぶダンボのクッション…)

パアプロード表紙 / 「背中にバラを背負う女」 / ピアノレッスン1「春風の中」 / ピアノレッスン2「運命の日」