ピアノレッスン[final]
「THEPROMISE 約束 」

ポツ、ポツ、ポツ …
「あっ、雨だわ」
雑用から解放された体の弱い太田が壁にもたれて窓の外を見上げ呟いた。
それにつられてエミと原、堀内の三人も上を向いた。
そしてエミは時計の針が3時40分を指している事に気付いた。
あと5分でパーティが始まる。
「ずいぶん中途半端な時間から始まるわねぇ」
エミが太田に聞いた。
「何かゲストのピアニストの用事で早めたらしいよ」
太田が答える。
「この後すぐに、ニューヨーク公演をするらしわよ、凄いよね」
隣から原が話に加わる。
「ニューヨークですかァ、ステキイ」
一番若い堀内が両手を頬に当て、飛び上がる。
「へぇ〜やっぱり雲の上の人か…」
エミはぽつりと呟いた。
「そういえば宮寺は?」
エミは気になっている事を思い出した。
「店長が柳田さんへのプレゼント店に忘れてきたんで、それを取りにいったけど何か?」
太田が聞き返す。
「ん〜いやちょっとね。でも戻ってくるんでしょ?」
「どうかな?ねぇどうだっけ?」
太田が原に聞く。
「この後の二次会からになるんじゃないかな?」
原は堀内とうなづきながら答える。
エミはさっきからの胸騒ぎが気になった。
「誰かアシ持ってる?」
「アシ?主任の自転車ならあるけど」
太田がにやにやしながら言う。
「自転車か、まあイイやそれ貸して」
「えっ行っちゃうんですか?もう始まりますよ!」
堀内が疑いの眼できく。
「詳しい事は後で!じゃ!」
「気をつけて」
原の顔色一つ変えない見送りに気後れしながらエミは決心した。
(これは何かある。何とかしなければならない何かが)
そして渋る近藤主任から自転車を借り、雨の中走り出した。
ジャーン!ジャジャジャーン!
柳田の友人がいるバンド、コールドストームがパーティの始まりを告げるサウンドをかき鳴らす。

「まいったなァ」
その頃宮寺は井の頭公園の公衆便所で雨宿りをしていた。
彼女も自転車で出かけたのだが雨に見舞われてしまったのだ。
「まいったなァ」
と道路の方をぼんやり見ていた。
「おーい!宮寺」
とずぶ濡れになりながら見なれた人が来るではないか、しかもちゃりんこで。
「エミさんどうしたの?」
「どうしたもない。もしかしたらあなたのねえ…わあ!」
バシャ!
とその時、通りかかった車に思いきり水をかけられた。
「ファックユー!」
と思わずエミは車に向かって叫んだ。
すると車が止り中から初老の男性が出てきた。
「すいませんでした。急いでいたもので。近くに私の店がありますから、どうぞそこで着替えてください」
男性は申し訳なさそうに謝った。誠実そうな人柄が顔にあらわれていた。
「あっ別にいいんですよ、こんなの大原商店で300円で買ったパンツだし」
男性の余りの憔悴仕切ったような悲しげな顔を見てエミは切れかかった心が戻った。
ぼーっと見つめていた宮寺がぽつりと呟いた。
「ジョルジュ、ジョルジュ山岸先生じゃありませんか?」
(ジョルジュ山岸?確か小さい頃宮寺の姉さんのピアノの先生だった人か?でもなぜここに?)
エミはよごれたズボンを押さえながら去年の春の宮寺の言葉を思い出した。
「き、君は宮寺君!」
その男性はとても驚いたようすだった。
「大きくなったね。十年ぶりくらいか?」
「ええ、ちょうど十年です。先生こそお元気そうで」
男性は雨に向かって顔を上げ、何かぶつぶつ言っている。
「何という巡り合わせなんだ。何という」
「先生どうかしたんですか?」
宮寺が怪訝そうな顔で聞く。男性はジッと宮寺を見つめている。
エミは訳も解らず雨に打たれている。
「さぁ乗りなさい」
男性は助手席のドアに手をかけて言った。
「どこへ?私は結婚パーティの途中なんですよ?」
宮寺が後ずさりしながら言った。
エミがジョルジュ山岸に聞いた。
「そのあなたがいく店の名前はジューダスと言うんではありませんか?」
「えっ、確かにそうですが?」
山岸氏は驚いてエミの顔を見た。宮寺もあぜんとした顔でエミを見ている。
エミは首を右斜に傾けると宮寺に微笑みかけながら言った。
「さあ行きましょう。お姉さんに会いにいくのよ」
「えっ、今なんて?」
「君のお姉さんに会いに行くのよ。さあ早く!」
エミはジョルジュ山岸の方を見て叫んだ。
「ジョルジュさん、早く車を走らして!パーティが終わってしまうわ」
エミは興奮した。胸の鼓動が早くなる。
(これが胸騒ぎの原因かァ)
エミは助手席に彼女を座らせた。
宮寺も余りの突然の事で気が動転しているらしい。人形のように体が固い。

ブーン…
車は急発進した。
行き先は柳田の結婚パーティ開場「JUDAS」
(新郎の父の友人で店のオーナーとはジョルジュ山岸さんだったのだ)
「やはりあの美人ピアニストが…」
紅エミは後部シートで呟いた。

ジョルジュ山岸氏の口から真実が語られた。
10年前、引っ越しの前の晩、宮寺の姉は両親から自分達の本当の子でない事を告げられた。
そのショックとピアニストへの挫折感からか、近くの湖に身を投げたのだった。
そしてそれを救ったのがその時夜釣りに来ていたジョルジュ山岸先生。
そう、彼女の本当の父親だった。
「彼女を生んですぐに母親は亡くなってしまった。僕はパリからミュージカルをプロデュースする話が来ていて、どうしても子供を育てる勇気がなかった。それで親友の宮寺夫妻にその子を頼んだんだ。僕は消えようと思った。彼女の未来から。でもそれが出来ずにみんなを不幸にして…、すまなかった」
ジョルジュ氏は泣いていた。
宮寺も泣いていた。声にならない声で。
ジョルジュ氏は続けた。
「僕はあの湖での晩、全てを打ち明けた。すると彼女はこう言った」
「私はあの家には戻りません。私の妹がこの事を知ったらもう姉さんと呼んでくれないかも知れない。それは私にとって死を意味する事です。たとえ血は繋がっていなくても私は妹を愛しています。いつでも彼女の幸せを思ってます。これからもずっと、私の全てをかけても」
そしてその時のショックでそれから一ヶ月もしない内に彼女の目は見えなくなったのだった。

会場に着いて車から出た時、美しいメロディが流れてきた。
映画「ピアノレッスン」で使われていたTHE PROMISE だ。
約束?そう、彼女はずっと守っていたんだ。幼い頃宮寺と約束した事を。
「いつでも私はあなたの側にいるわよ、いつでも…」
気が付くと雨は止んでいた。宮寺は泣きながら入口に向かって走っていく。
それはまるでスローモーションでも見るかのように。
店の中の様子は?
抱き合う姉妹。ざわつく観客。
そしてすっかり脇役になってしまった柳田とその夫。

[次の日のパアプウ]
松井「柳田さんもう着いた時かな?」
近藤「オーストラリアだって?ありがちよねぇ」
堀内「オーストラリア!素敵ぃ」ピョン!
秋元「それにしても宮寺さん遅いわね」
原「お姉さんと一緒にニューヨークへ行ったんじゃないですか?」
近藤「まぁ、しょうがないか10年ぶりだしねぇ〜」
堀内「宮寺さん、もう帰ってこないんじゃ…」
一同「…」

バターン!
「すいませーん寝坊しました」
松井「宮ちゃーん!」
一同「わあ!」
松井「いいの?お姉さんと一緒に行かなくて?」
宮寺「いいの、いいの。私は私、姉は姉。それにいつでも側にいてくれるもん、いつまでもね」
秋元「我慢しちゃって、でも遅刻はダメよ宮寺さん!」
宮寺「すいませ〜ん」
一同「はっ、はっ、はっ(笑?)」

バターン!
「みんな揃ってるわねぇ」
一同「柳田さんー?」
秋元「ど、どうしたの?新婚旅行は?」
柳田「それがね、あいつホモだったのよ。彼氏って言うの?ああいうの。そいつと一緒にいなくなっちゃったのよ。おかしいと思ったんだよな。それにしても頭くる〜」
一同「…」
堀内「柳田さんって、つよ〜い」
一同「…」

美容室「パアプウ」そこには青春の香りが満ちている。

PS
10年に及ぶ心の病から解放された宮寺の姉はニューヨークに戻った直後から視力が戻ってきて、2ヶ月後にはすっかり回復したという事だ。

パアプロード表紙 / 「背中にバラを背負う女」 / ピアノレッスン1「春風の中」 / ピアノレッスン2「運命の日」 / ピアノレッスン3「盲目のピアニスト」