パアプウロード
第三章[KILL THE KING]

第3話「思い出の渚」

横須賀のレゲェバー「シェル」
ここは偶然にも昔、秋元が前の夫、大黒利一とよくデートした場所だった。
松井の調べてところ、ここがCIAの殺人組織「レインボー」の秘密基地になっているという。
そしてここに秋元の両親と松井の父親を殺した男。リッチーブラックがいるのだ。
松井は言った。
「今から24年前、CIAに居た旧ソ連の軍部さえ恐れていた殺し屋が殺された」
「それから20年後私はその事件を捜査し始めた。それまで誰も触れようとしなかった部分に」
「そしてそれがCIAの自作自演だと言う事がわかったの」
「その殺し屋は決して罪の無い人を殺しはしなかった。CIAは自分達の意のままにならない彼を次第に危険だと思うようになった。そして殺した」
「それがどんな権力さえ恐れない男。キルザキング。そうあなた、店長の父親です」
秋元はどこか遠くを見るような眼でその話を聞いていた。
松井は続けた。
「キングを殺した男はそれを手柄にしてその後、組織のリーダーになったらしいの」
「でも誰も知らないの、その顔、姿、組織の人間でさえ影さえ見た事がないと」
秋元は黙って頷いた。
そして秋元は思い出した。父親の友人であり育ての親であるジョー林の言葉を。
それは秋元が殺し屋の世界に入ると決めた日だった。
ジョーは両手で秋元の両耳を押さえるようにして言った。低く、冷たい声で。
「俺達は罪の中で呼吸しなきゃならない。いつでも、どこでもだ。血でよごれた身体は元には戻らない」
「誰も信じてはいけない、誰も。たとえ愛する人にでも背中を見せてはいけないよ」
最後にジョーはにやりと笑った。
疲れたような笑顔を秋元は忘れる事が出来なかった。

松井から告白されてから3日間、秋元は悩んだ。
「彼女を信じていいものか?」
しかし、いずれ組織と対決する事はわかっていた。
秋元は育ての親、ジョー林に連絡した。
殺し家業を引退してしばらく経つ彼だがまだ裏情報には鼻が利いた。
「俺が知っている事は全て話すよ。だが…辛いものを見る事になるぞ」
電話の向こうから何か固い決意が感じ取られた。

3日後の夜、秋元は横浜横須賀道路を猛スピードで飛ばしていた。
秋元が横須賀に向かう直前、前の夫、大黒から電話が入った。
「ジョー林が音彦をつれていった!彼は狂っているよ!」
珍しく大黒が興奮している。しかし秋元は最愛の息子音彦が連れ去られた報告を受けても動揺はなかった。
「ジョーの行き場所はわかってるわ、私にまかしといて」
隣で松井が草笛を吹いている。
ピュー、ピュー。
松井は言った。
「この草笛の吹き方はお父さんに教わったのよ」
秋元はその音をなぜか懐かしく聴いていた。

そして今、秋元と松井はレゲェバー「シェル」にいる。
秋元はまたジョーの言葉を思い出した。
「たとえ愛する人にも背中を見せるなかぁ」

バーン!
とその時、地下の奥の部屋から銃声がなった。
息一つせず二人はその部屋に近付いた。
「アン、ドウ、トゥワ!」
二人は同時に部屋の扉を破り、中に飛び込んだ。
と同時に秋元が叫び声を上げた。
「ジョー!」
部屋の中でジョー林が血みどろになって倒れていた。
「大丈夫、ジョー」
秋元が駆け寄る。
その背後で松井が銃を構えながら部屋の中を見渡している。
「部屋の中には誰も居ない。ん…あれは?」
部屋の隅においてあるロッカーの扉が少しだけ開いている事を見落とさなかった。
松井は銃を胸に構えてロッカーに近付いた。
その時すぐ側で横たわっているジョー林は虫の息だった。
途切れ途切れ秋元に話し掛けようとしている。
「俺の、俺の…」
秋元は首を横に振りながら涙を流している。
「一体誰がこんな事を…」
松井は左手に銃を構え、そのロッカーの隙間に手をかけ、開けた。
ガタッ。
中から猿ぐつわをされ、両手両足を縛られている男が転がってきた。

そしてジョー林は最後の力を振り絞っていた。
「音、音彦は無事だ…、べ、別荘にいる」
「おれの、おれが最初、言った、事を忘れ、るな、」
「ジョー!」
秋元は叫び、息絶えたジョーを抱き締めた。

「大丈夫?いったい何があったの?」
松井は転がってきた男の猿ぐつわを取り、聞いた」
「あいつが、あの男が息子を連れていったもんだから、後を追ったんだ」
「そしたら突然縛られて、いったい何が起こったのか、解らない!」
「大黒?」
秋元がジョー林の最後を看取った後、目に写った者は6年前に別れた夫の姿だった。
「いったいどうしてここへ?」
秋元が歩み寄ろうとした時、ふいにジョー林の最後の言葉を思い出した。
(おれが最初に言った事を忘れるな?最初に言った事?あ!)
「松井さん離れて!」

秋元が叫んだ時は遅かった。
松井の首を左手で抱え、右手で彼女のこめかみに銃を押し付ける大黒の姿があった。
「はっ、はっ、はっ。これじゃさすがのあんたらもお手上げだな!はっ、はっ、はっ」
不適に笑う彼の姿は、秋元にとって初めて味わう恐怖だった。

「あなた…、リッチーブラック…?」


パアプウロード表紙に戻る