ピアノレッスン 2
「運命の日」

「お姉さんね、とても才能あったのよ、そして…」
宮寺は言葉を続けた。
彼女の姉は美しかった。
その美しい姉と一緒にいられる。幼い宮寺にしても、それはとても楽しい時間だった。
宮寺が10歳の時、姉は2年間ウィーンへ留学に行った。姉は17歳だった。
ピアノの先生のジョルジュ山岸の推薦だった。
彼女は嫌だった。
「お姉ちゃんと一緒にいる!」
と姉にしがみついて離れなかった。
すると姉はちょっと困ったような嬉しい顔をして言った。
「いつでも私はあなたの側にるわよ、いつでも」

「いつでもかー」
今でも側にいてくれてる、そんな思いで空を見上げた。

「あ!ソ、ソフトクリーム食べる?」
無気味ショップ『ガイコツ』店長の紅エミは屋台の前で慌てて言った。
(どうも今日はペースが乱れるわねぇ。
いつも宮寺と一緒の時は食べているか、笑っているかなのに)
「あっちの焼そばの方がいい!」
と宮寺は言い、右前方でジュージューと良い音をたて、 焼そばを作っているおじさんの方を指差した。
「うん、そうね」
(そうそう、その食い気こそ君なんだぞ)
そしてエミは焼そばを2人前、一つ大盛りを頼んだ。(大盛りはもちろん宮寺)
二人が空いてるベンチを見つけ腰を降ろすと、宮寺はまた話の続きをするのだった。

あれから家族は、知り合いがいる群馬県の太田市へ行った。
そして両親はそこでラーメン屋を開き、今も忙しい日々を送っているらしい。
「結局お父さんもお母さんも何のプレッシャーもない普通の生活が好きなんだわ、だって楽しそうだもん」
ボキ、ボキ。割り箸を折りながら彼女は言った。
「要は自分のやりたい事をやるだけだもんね」
宮寺の唇に付いてる青のりを気にしながらエミは言った。
「そう。お父さん幼い時からラーメン屋さんに憧れてたって言ってたし」
「じゃあ夢がかなったってわけだ」
「うん、でも…」
「でも?」
「お姉さんはどこかへ行ってしまった…」
「えっ?」
「おネエ
「お姉さんは9年前、引っ越しをする日の朝、いなくなってしまったの…」
「えっ!それから全然?」
「うん」
「あてはないの?」
「捜したけど、どこにもいなかった。それにお父さんもお母さんもあの子は大丈夫だって言ってたし。二人は何か知っているみたいだけど」
「大丈夫だって、無責任だなぁ、君んちも」
エミはその中世的な風貌通り、男性より女性の方を好む傾向にあった。
だからそんな美しい人が苦悩の表情で世の中を渡り歩いてると思うと、無性に腹がたった。
「姉はプライドが高かったから、落ちぶれて田舎に行くのが嫌になったのよ、きっと」
宮寺は続ける。
「それに私はこうして好きな美容師の道を進んでるし、お姉さんがいつも側で見守ってくれてると思ってる。小さい頃約束したように…」
「うん、そうよね」
エミは意味もなくうなづき言った。
「あなたも苦労してるのね」
エミが遠慮気味に言うと
「そうでしょ」
と遠慮なく言って、いつものように宮寺は笑った。

二人は吉祥寺パルコへ買物に行こうという事になり、ベンチを立った。
その時。
「あっ!」
突然、宮寺が大声を上げた。
「どうしたの?」
エミは驚いて聞いた。
「そういえば明日が太田へ引っ越した日なの、4月25日。運命の日ね」
宮寺は不思議な顔をしている。
「あの時、私は13歳か…」
嬉しいのか悲しいのかその顔からは判断できなかった。
だが少しだけ大好きなお姉さんの事を思い出したのだろう。
そしてその後、彼女の口からお姉さんの事に付いて聞く事は一年後の今日までなかった。

つづく
次回作「盲目のピアニスト」

パアプウロード目次
パアプロード表紙 / 「背中にバラを背負う女」 / ピアノレッスン1「春風の中」 /